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長野家庭裁判所 昭和61年(少)824号 決定 1987年5月22日

少年 G・K(昭47.7.6生)

主文

少年を養護施設に送致する。

理由

(非行事実)

少年は

1  昭和61年9月1日午前9時ころ、長野市大字○○××番地○○荘A、B方に故なく侵入し、そのころ、同所において、A所有の現金4000円及びB所有の現金4000円を窃取し、

2  同月3日午前9時ころ、再度上記A、B方に故なく侵入し、そのころ、同所において、A所有の郵便貯金通帳1通ほか4点(時価合計約2万1850円相当)を窃取し、

3  上記窃取した郵便貯金通帳及び印鑑を使用して郵便貯金解約名下に現金を騙取しようと企て、同日午後1時30分ころ、長野市○○町××-×番地長野○○郵便局において、行使の目的をもつて、ほしいままに、郵便貯金払戻金受領証の住所欄に「長野市○○××○○荘×号」、氏名欄に「A」と黒色ボールペンで記入し、受領印欄に前記窃取にかかるAの印を冒捺し、もつてA作成名義の私文書である郵便貯金払戻受領証1通を偽造し、その場で同局係員Cに対し、これを真正に成立したもののように装つて前記窃取にかかるA名義の郵便貯金通帳、キヤツシユカードとともに提出行使し、同係員をしてA本人が当該郵便貯金の解約を申し入れているものと誤信させ、よつて、即時同所において、同係員から郵便貯金解約名下に現金2万1001円の交付を受けてこれを騙取し、

4  同月5日午前9時30分ころ、同市大字○○町×番地国鉄○○駅南側駐車場において、D子が何者かにより窃取されて遺失した同女所有の自転車1台(時価3万円相当)を発見したにもかかわらず、自己の所有とするため正規の申告をなさず、これを横領し、

5  昭和62年3月9日午後8時30分ころ、同市大字○○××番地ハイツ○○××号室E子方へ、同女を強姦する目的で侵入し

たものである。

(法令の適用)

1、2につき刑法130条、235条

3につき同法159条1項、161条1項、246条1項

4につき同法254条

5につき同法130条

(処遇の理由)

1  少年は実父母の長男として出生したが、出生後間もないころから、父親の暴力、異性関係、母親の派手好みな生活態度等により両親の夫婦仲が悪化し、昭和54年5月(少年小学校1年生時)に調停離婚成立後は、親権者となつた母親の許で養育されるようになつた。しかし、母親は専ら自己の精神的、経済的安定を求めるのに汲汲として少年の養育について顧みることなく、他の男性との同棲生活を繰り返し、結局生活に困窮しては、かつての勤務先の関係で知り合い、その後たびたび世話になつたF子方に親子ともども身を寄せたりしていた。

その間、少年は、小・中学校を通じて合計8回も転校を余儀なくされ、すでに小学校2年生ころから金銭の持ち出し、給食費の使い込みなどをしてゲームセンター等に出入りするようになり、これが頻繁になるに及び、昭和59年2月10日(少年小学校5年生時)情緒障害児短期治療施設○○学園に入所するところとなつたが、その後昭和60年3月2日中学校入学のため措置停止となつて母親の許に戻り、しばらくの間は安定して同年9月6日措置解除となつたものの、昭和61年4月母親が再びGと同棲生活を開始して転校するに至つたころから、母親との口論、家出などをするようになり、同年6月ころ、母親が上記Gと別れ、一旦F子方に身を寄せたうえ、母子2人でF子方付近のアパートで暮らすようになつたのちも、口論が絶えず、少年は母親を嫌つてしばしば家出をしたりF子方に寝泊りするなどしていた。

かような状況のもとで、少年は本件非行事実1ないし4の窃盗、許欺等を犯したが、これは母親とささいなことで口論し、その不満解消としてのゲーム遊びや家出中の生活費などに充てるために敢行したものである。

その後同年11月30日母親が交通事故で死亡するに至つたが、父親をはじめ親族らは少年の監護を拒み、やむなく前記F子及びその夫Hが少年を引き取り、今日に至つている。なお、本件非行事実5の犯行は少年がF子方に引き取られたのちに敢行されている。

2  少年の性格、行動傾向の基本的問題点は、少年の関心が専ら自己のことに集中し、周囲の者に対し自己を高く評価して欲しいという自己顕示欲や依存心が強いにもかかわらず、自己の考えや感情の表現が不得手で、また相手のことを考える余裕がないため、かえつて周囲の者から変わり者と見られたり感情的に拒否されたりしがちとなり、被害感、劣等感や不信感を抱き易く、そのような不満を不良行動や攻撃的行動に表現し易いというところにある。本件非行事実1ないし4の窃盗、許欺等は母親に対する、5の強姦目的による住居侵入は母親死亡後も少年を引き取ろうとしない父親に対するあてつけの気持もあつたことを少年自身作文に記述するなどしており、本件非行は少年の上記問題点の端的な現われと見ることができる。そして、かような問題点の根本的な原因は、前記1のような少年の生育過程において、少年が両親から可愛がつてもらつたという気持ちを抱けず、情緒的安定が得られていないということにある。

従つて、少年の処遇の指針としては、何よりもまず上記問題点を改善するため、家庭的雰囲気の中で少年の承認要求等を十分満たしてやり、情緒的安定や自信を育て、ひいては少年の自己中心的な行動を客観視させ、その非行傾向を改善させることが必要であり、これには専門家の長期かつ密接な関与が不可欠である。また、母親の死亡に伴い少年には多額の保険金、遺族年金等の財産が生じており、その管理の方策をも考慮しなければならない。

3  この点、少年の父親は、母親死亡後親権者変更の申立てをしているが、これはHが少年と養子縁組をすべく、父親に示唆してなさせたもので、本人自身は少年を監護養育する意思を全く有せず、上記申立ても近々取下げる意向であり、また少年も同人を嫌悪しており、到底少年をその許に委ねることはできない。

F子夫妻、殊にF子は、少年の幼少時からしばしば面倒を見、少年に対する監護養育の意欲も強く、その生活振りも堅実で、少年の方も同夫妻に親和してその許に戻りたい旨要望しているが、Hは暴力団組員ないし準構成員であり、F子もスナックを経営し夜間勤務しているなど少年の保護環境としては良好と評しえないうえ、前記少年の財産管理上も適当とはいえないから、少年の監護養育を委ねることはできない。従つて、少年の現在の監護状況は早急かつ円滑に改善される必要がある。

そこで、少年の本件非行事実は、行動歴に鑑み、少年を教護院に送致することも十分に考えられるが、前述のとおり、少年にとつては何よりもまず家庭的雰囲気の中で養育して情緒的安定を図ることが必要なこと、本件非行事実を含む少年の不良行為はこれにより改善できる程度のものと考えられること、また少年の財産管理の面でも後見人選任等において便宜であること等の諸事情を長期的視野に立つて考慮するならば、この際不良性の除去を目的とする教護院よりは、適切な家庭的環境に恵まれない児童を入所させて養護し、心身ともに健全な社会の一員として育成することを目的とする養護施設に送致する方がより適切であると考えられる。よつて、少年法24条1項2号により主文のとおり決定する。

(裁判官 塩川茂)

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